精神科医が肩肘張らずにブログを書いてみた

精神科が多くの人に関心をもってもらえますように。

「鈴木先生」 ~集団の中で「問題のない人」に起きていく歪み(ひずみ)~

鈴木先生」という作品をご存知でしょうか。

漫画が原作で、2011年 テレビ東京でテレビドラマ化、さらに映画となりました。私はテレビドラマで知り、久々に衝撃を受けた作品でした。

テレビドラマは主役が長谷川博己さん、ヒロインの生徒役を土屋太鳳さん。お二方とも、このときの演技はものすごいインパクトがありました。

参考: 鈴木先生 - Wikipedia

 

話は高校で担任を受け持つ主人公、鈴木先生の視点で進んでいきます。学校で起きていくとても生々しい問題、そして、私生活を含んだ鈴木先生の一人間としての葛藤。それらにどう向き合っていくのか。

「生々しさ」が辛いという感想を言っていた知人もおり、視聴率がそこまでのびなかったのも、お茶の間では気楽にみられない部分もあったのかもしれませんが、見ごたえのある、考えさせられる作品で、個人的にはとても好きな作品です。

 

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さて、そのなかで話が進行するにつれ核となるテーマが「集団生活で大きな問題なく生きている人」です。

話の詳細な内容についてはネタバレになるので避けますが、自分の意見もしっかりともった優等生的な存在のヒロインが、次第に抱えていく歪み。

 

学校という集団の中で、大きな問題を起こす人たちがいることにより「小さな悩み」を持っている人たちは、気づかれない、またはわかっていても見て見ぬふりをされるという問題。

しかし、それは長い目で大きな歪みとなっていくリスクがあるのです。

 

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これは、学校や会社などの集団に限らず、集団においては普遍的に起こりやすい現象と感じています。そして、ごく身近な「家族」という単位でも起きること。一見すると、何も起きていない健康そうに見える人。それに甘えてみて見ぬふりをしている問題がないか。

 

 私が入院を中心とする病院での勤務から、外来や訪問診療にシフトをしたのも、ひとつにはこのテーマが絡んでいました。

 

医療である限り、重度の人から対応をしなくてはいけないということは重々わかっている、けれども、だからといって日々小さな問題を抱え続けていく人たちを、そのまま見ないふりをしていいのか。

 

鈴木先生と同じく、私にとってもこのテーマはライフワークなのです。

あ、午後の外来が始める!